なんで休職したの?<就活編>
こんばんは٩( 'ω' )و
せんちです٩( 'ω' )و
はい、今回から休職記事です〜〜!
「なんで休職したの?」をお話するにあたって、今回の記事ではまず、就活期についてお話したいと思います😌
どんどんぱふぱふ!!!
せんちの就活
結論から言いますと、第一志望は落ちました・・・(絶望の顔)
私の就活は大学3年生の夏から始まりました٩( 'ω' )و
皆大好きインターンですね、あれにいろいろ言ってこの業種興味あるかなーないかなーってのを体感して確かめていきました👏🏻
その結果、生活に近いところのモノの新商品の企画、もしくは販促がやりたい!!!と思うようになったわけです
なので、そういったことが出来るメーカーを第一志望として掲げて就活に挑んでいくことにしました
また福利厚生がしっかりしてるところが良い、と思い大手ばかり受けてました(大手病)
・・・はい、皆さん今「あ、こいつじゃあメーカーに落っこったんだな」って思ったでしょ、そうです〜〜!!!大正解〜〜!!!ぴんぽんぴんぽん〜〜!!!越後製菓〜〜!!!
メーカーを第一志望に掲げながらも、全国転勤が嫌だった私は、転勤のないメーカーに絞って受けてたんです
そりゃもう採用人数も1桁とかがザラでした、そこに「私ならひょっとして行けるのでは?」な〜〜んて、井の中の蛙は過剰な自信で無謀にも挑んでいったんですよ
惨敗でした
ES、GDは通るものの、1次面接や2次面接でバタバタ落ちました・・・
唯一1社良いところまで進んだんですけど、最終面接1つ手前でお祈りをくらいました🙏🏻🙏🏻🙏🏻(心の折れる音)
という訳で第一志望業種がことごとくダメだった私は「じゃあどうすればいいんだよ〜〜!!他の仕事じゃ働きたくないんだよ〜〜!!!社会になんか出たくないよ〜〜!!!働かずに暮らしてえよ〜〜!!!」と数日喚いていました(働かずに暮らしたいのは今も同じ)
そうやって喚いていると、見兼ねた両親が「金融にしたら?」と天の声を授けてくれたんです
せんち家は両親が金融だったため、就活初期の頃から「金融にいくべき」とは言われてたんですが、「メーカーが良いの!」と聞く耳なしで突っ走ってたんです
けれどメーカーの道が閉ざされた今、じゃあ金融受けてみるか・・・と半ば流されるような気持ちで金融を受け始めました
大手病は継続中なので、金融でも大手ばっかり受けてましたね
すると金融があっていたのか、面白い位選考がすすんでいきました(にやけ顔)
そりゃ受ける企業が採用人数1桁のところから、採用人数2桁3桁の企業に変わりましたしね
するする進み、メンタル折れ折れだった私はめちゃめちゃ救われたのを覚えています
「ほーーら!私だってやれば出来る!」などと思ってましたね(すぐ天狗になるのが悪い癖なんです、許して)
そうやって金融からいくつか内定をいただいて、その中から1番ホワイトそうなところを選び、入社を決めた訳です
・・・おわかりいただけるだろうか?
結局流されるまま、「やりたい!」という強い思いもないまま、1番ホワイトそうなところを入社先に決めてしまった訳です・・・(キャーーー!)(恐怖の叫び声)
んーーーふにゃふにゃの気持ちで入ってしまっているので、これは何か辛いことがあった時に耐えるだけの芯がなさそうですね・・・
・・・と、いう訳でひとまずここまでが私の就活期のお話です。
次回は、そのふにゃふにゃの気持ちのまま入社した会社でのお話を書きたいと思います👍🏻
ふにゃふにゃせんちは会社でやっていけるのか!!?!?
つづく
ではでは、せんちでした٩( 'ω' )و
P.S.
就活生のための詳しい就活体験記とかESの書き方とかの記事って需要ありますかね?
書いてみようかなぁ